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madamkaseのトルコ行進曲

madamkaseのトルコ行進曲

Yaprak Dokumu (落葉)のあらすじ


Yaprak Dokumu レシャット・ヌーリ・ギュンテキン原作 (同名の小説より)

登場人物

 アリ・ルーザ・テキン  
   物語の主人公。朴訥なもと役人。5人の子供に深い愛情をそそいでいる。
 ハイリエ
   その妻。平凡だが、子供達を溺愛している。
 フィクレット
   長女: 恋人と破局したためにうちにこもる性格となり、家庭内のごたごたから逃げるようにアダパザールのタフシンに嫁ぐ。
 シェヴケット
   長男:まじめな銀行員。人妻フェルフンデの情熱に負けて結婚するが、彼女が原因で家庭内が不和に陥っていく。
 レイラ
   妹の恋人だったオウスと結婚、愛のない不幸な生活が始まった。
 ネジュラ
   もとの恋人だったオウスが姉のレイラと結婚後、他家に嫁ぐ予定だったが、婚約したあとオウスと出奔する。
 フェルフンデ
   シェヴケットの妻。美しいが悪魔のような女。周囲を次々に苦悩に陥れる。
 オウス
   放蕩で利にさとい男。あくどいことをして次第に自分の仕掛けたわなに陥っていく。
 タフシン
   アダパザールで農園を営む朴訥な男。フィクレットと再婚する。
 ネイイル・セデフ親子
   隣家の母と娘。セデフはかつてシェヴケットを愛していた。


 
 アリ・ルーザ・テキンは、無口なまじめ一方の役人で、さる地方のカイマカム(郡長)を務めていたとき、上層部(県庁)から、ある不正事件に目をつぶるよういわれたが、これを呑むことが出来ず自ら職を辞した。妻のハイリエとの間に5人の子がおり、名誉を重んじ清潔な品性を持った人間に育て上げるのを身上としていた。
 その後間もなく次女のレイラがイスタンブールの大学に合格したので、彼は一家を挙げてイスタンブールに移住を決意、親の残した古い屋敷を手入れして引っ越してきた。
 長女のフィクレットは家事を手伝い、長男シェヴケットは兵役中、次女レイラのほかに三女ネジュラと遅くなって生まれた四女アイシェがいる。アリ・ルーザはイスタンブールで「アルトゥン・ヤプラック」という会社に勤め始めたが、そこも「サンサル・オウス」(いたちのオウス)とあだ名される狡猾な青年オウスのために辞めざるを得なくなり、再び無職となって役人時代の退職金などにも手をつけざるを得ず、家族の経済状態は悪化していった。余りに潔癖なアリ・ルーザ、家計が逼迫するにつれて妻との折り合いも悪くなって夫婦はしばしば口論するようになっていく。
 やがてシェヴケットが兵役から戻ると銀行に勤め始め、フィクレットは手仕事の刺繍などをグランド・バザールの店で売ってもらい、アリ・ルーザも出版社から翻訳の仕事などを得てほんの少々生計が楽になってきたが あるとき、ネジュラは手持ちの現金をなくし、家に帰る手段がなくて途方にくれていたとき、声をかけて家のそばまで送ってくれた豪華な車の青年に一目で恋をしてしまった。その後親に内緒で彼と付き合い始めたが、その男こそ女たらしのオウスだった。
 オウスはアルトゥン・ヤプラック社のヤマン氏のオルタック(共同経営者)で重役だったが、会社の金を横領し、ヤマン氏の妻ジェイダとも深い関係にあった。

 シェヴケットの働く銀行の、同じ支店に働いていた放縦な人妻フェルフンデはまじめで純情なシェヴケットに目をつけた。、結婚していることは内緒でシェヴケットに近づき、猛烈に彼にアタック、ある日夫の留守中に彼を無理に誘って自宅に引き入れた。
 ベッドを共にしていたところを突然帰ってきた夫に見つけられ、シェヴケットは窓から庭に逃げるはめになった。彼は姉のフィクレットにだけこのことを打ち明けて相談した。夫から離婚訴訟を起こされたフェルフンデにとっては望むところだった。正式に別れてシェヴケットに結婚を迫り、ついに両親を説得させ婚約にこぎつける。
 コムシュ(隣人)の未亡人ネイイルには一人娘のセデフがいるが、セデフはシェヴケットを秘かに慕っていた。勤め帰りに船着場でしばしば出会う彼と肩を並べて家までの坂道を登る道筋はおとなしいセデフの至福のときであった。だが、彼の突然の婚約はセデフを打ちのめした。
アリ・ルーザもハイリエも一目見ただけでも大切な息子にふさわしくない女だと、フェルフンデを気に入らなかったが、シェヴケットはもうフェルフンデ以外の女は眼中になかった。
 広い庭で行われた結婚披露宴には、アリ・ルーザが蛇蝎のごとく嫌うオウスが、ネジュラとフェルフンデの共通の友人として招待され、フェルフンデの元の亭主が酔っ払って暴れこむなど悪いハプニングもあって、これを境にアリ・ルーザ一家が次々と不快な事件に巻き込まれていく前兆のようであった。

 結婚式のとき、隣人として否応なく出席したセデフは、フェルフンデのこれ見よがしの態度に傷つき、絶望感に打ちひしがれて、密かに届く当てもないシェヴケット宛の手紙を書き、大量の睡眠薬を飲んで自殺を図った。部屋から出てこない娘を心配した母親のネイイルがこれを発見する。
 動転したネイイルから助けを求められたアリ・ルーザは、救急車でこん睡状態のセデフの手にしっかりと握られていた、シェヴケット宛の手紙からすべてを察するが後の祭りだった。セデフは発見が早かったので一命を取りとめ、シェヴケットへの愛は永遠の秘密として自分の胸に葬った。
 勤めも辞めて婚家に入ったフェルフンデだが、すべてに派手好きで、自分が采配を振るわなければ気がすまない性格なので、無口で感情をあらわにしない義姉のフィクレットとは合わなかった。しかし義妹レイラとネジュラはフェルフンデのお洒落で時代の先端を行くファッションや自信たっぷりな話しぶりなどに惹かれウマが合った。

 やがて気詰まりな両親との同居に、フェルフンデは次第にいらいらしてシェヴケットに当り散らした。彼女はオウスの横領とヤマン氏の妻との密通を種にオウスをゆすっており、毎月一定額の口止め料を自分の銀行口座に振り込ませていた。
 ある週末、フェルフンデは夫をせっついて、目の上のたんこぶである舅夫婦を旅行に出してしまおうと計画、シェヴケットがビュユック・アダ(マルマラ海のイズミット湾入り口にある島嶼のなかの最大の島=観光地)のホテルに予約を入れた。2人はシェヴケットの懐具合を心配して初めは反対していたが、やがて息子夫婦の好意(!)を受け入れて、土曜の朝、喜んで出かけて行ったが、エミニョニュでハイリエがひったくりにハンドバッグを奪われ、事態は一変した。
 島への旅行どころか、警察で長い時間引き止められ、悄然として夕方家に戻ってきたアリ・ルーザ夫婦が見たものは、家で友人達を招いて派手なパーティを繰り広げているフェルフンデ達だった。夫婦の怒りは頂点に達する。ことに、顔を見るのも嫌なオウスが来ていたこともアリ・ルーザを打ち砕いた。

 その日以来、ネジュラが親の目を恐れてなかなかデートに応じようとしないのでオウスはレイラに目をつけ、新しい携帯電話をプレゼントして気を引く。しかし、ある日、この高価な電話は受け取れない、お金を払う、と彼の家を訪ねて行ったとき、レイラはオウスに無理やり抱え込まれてしまった。レイラはこの出来事をフィクレットに打ち明ける。目ざといフェルフンデはすぐにかぎつけ、オウスにレイラと結婚するよう話をつけた。いまやフェルフンデに完全に握られたオウスは、彼女が何をしろと言ってきてもその通りにするしかなかった。
 やがてレイラは両親とネジュラの深い悲しみの中で誰からも祝福されないままオウスと結婚する。だが彼女は豪華な車、広い屋敷、大きな会社の重役でもあり、男として性的魅力にも溢れたオウスとの結婚に有頂天となり、結婚のプレゼントにオウスに贈られた豪華な毛皮のコートを着て妹ネジュラに見せびらかし、それまで自分の着ていたピンク色の質素なコートをネジュラに投げ与えた。

 しかしながら、レイラの結婚生活は不幸のどん底だった。オウスはレイラを好きではなかったし、なにごともフェルフンデの差し金でこうなってしまった思うと、一途なレイラがうっとおしく、ことごとく冷たく当たった。しかも、彼女を実家に行かせてその間に、ジェイダを連れ込んで情事にふけっていた最中に、レイラが帰宅して大喧嘩となり、オウスは騒ぎ立てるレイラを殴りつけた。
 アリ・ルーザは嫁に行ったレイラがいつもオウスに取り残され、夫が出張だと言いつくろってしょんぼりと実家にやってくるのを見て、ある決心をする。彼はかつて勤めていた会社に乗り込み、重役であるオウスの部屋に行き、精一杯の力で殴りつけた。「今度私の娘を悲しませたら承知しないぞ!」

 フェルフンデは自分を嫌う舅や姑への復讐のために、まずはオウスを近づけ姉妹の仲を裂くところから始めたのだった。次に隙を見てシェヴケットの携帯から、「話がある、船着場で待ち合わせたい」とセデフにメッセージを送り、彼女が怪訝な思いで待つところに現れて、セデフを激しくなじり、絶対にシェヴケットに近づくなと脅した。フェルフンデは女の勘でセデフがシェヴケットを今も好いていることをかぎつけていたのである。
 一方好きな男を姉レイラに奪われたネジュラは傷心を抱いて大学に通っていたが、同じ学部でハイソな折り目正しい青年ジェムと知り合い、互いの両親にも紹介し合い、2人の交際は順調な進展を見せていた。

 フェルフンデはまた、オウスの会社の社長ヤマン氏に、妻のジェイダとオウスとの関係を密告、おなかの子がオウスの種であると暴露する。しかもオウスが会社の金を多額に横領していたことも暴いて、激怒したヤマン氏によってオウスは会社から追われた。収入のなくなったオウスをなじるレイラ、黙らせようと殴りつけるオウス、夫婦の仲は完全に崩壊した。
 一方、ネジュラは恋人ジェムの両親からも望まれ、婚約することになった。両家はしきたりに従って使者を立て、贈り物を交歓して、ある晩、華々しい婚約式が執り行われた。アリ・ルーザの家族にもやっと明るい希望が待ち受けているように見えた。
 しかし、妻のレイラが妹の婚約式に行くのを追跡したオウスは、庭にいたネジュラに隙を見て「俺とドイツに行こう」と迫った。「俺はお前がいなければ駄目だ、ネジュラ、やっぱりお前でなくては」とささやくオウスに負けたネジュラは、駆け落ちの約束をする。この場を目撃したのがフェルフンデだった。
「見たわよ、オウスとキスしてたわね。ジェムはいい子だけどオウスとは比べものにならないでしょ」とフェルフンデはネジュラをそそのかした。
ネジュラは反発したが、男のにおいを振りまくオウスの魅力には抗いようがなかった。
「私が味方になってあげる。任せなさい」とフェルフンデはネジュラを抱き込んだ。
ネジュラはオウスに愛されないまま実家に滞在していたレイラに、あのピンク色のコートを投げつけながら、勝ち誇ったように言った。
「あんたなんか、これを着ているのが似合うのよ!」

 レイラはかつて自分が妹に投げつけたピンクのコートに泣き泣き手を通し、それ以来朝から晩まで、ベッドの中でも脱ごうとはしなくなった。彼女の精神はいまや壊れる寸前だった。
 そしてある日、オウスが大学までこっそりと迎えに来て、ネジュラは出奔してしまったのだった。無論手引きをしたのはフェルフンデ。そして夫と妹が駆け落ちしたことをフェルフンデに知らされたレイラは気も狂わんばかりに泣き叫んで、そのまま精神の暗い闇の底に落ちていった。
 オウスが離婚訴訟を起こし、その決定が出るまでネジュラはオウスと2人でホテルに滞在していたが、レイラが離婚に応じないので決して幸せではなかった。レイラは夫を恨みかつ妹を恨んで精神に異常をきたしてしまった。この治療のためにアリ・ルーザは多額の出費を余儀なくされる。彼は家を売りに出すことまで決意した。
 フェルフンデの復讐は着々と進んでいた。彼女はセデフと夫の仲は何でもないのに、嫉妬心から姑ハイリエに隣人ネイイル親子のことを中傷し、これを信じたハイリエとネイイルの仲も裂いてしまった。
 こうした家族の不仲、疑惑、口論が毎日のように生じることにつくづく嫌気の差したフィクレットは、誰でもいい、自分をこの状態から救い出してくれる人がほしい、と母親には内緒でやるかたない気持ちをネイイルに打ち明けた。
そんなある日ネイイルのもとに、アダパザールで農業をやっている従弟のタフシンが顔を出した。まだ幼い子供を残して妻に先立たれたタフシンは、孫の面倒を見ている母親にいつもこぼされている。
「ア~イ、腰が痛い、疲れたよ、子供の面倒をよく見る誰かいい後添えを見つけられないのかい」

 ネイイルはフィクレットとタフシンを引き合わせた。フィクレットは、ネイイルとセデフだけを証人にタフシンと結婚式を挙げる。 だが、ネイイルと仲たがいしている母のハイリエには相談できず、父にだけは打ち明けて、数日後たった一人スーツケースに身の回りのものを詰めてフィクレットは家出同様に汽車に乗った。ハイダルパシャ駅まで娘を追ってきたアリ・ルーザと涙の別れをし、アダパザールに向かったのだった。
 家には姑のジェヴリエと、3人の子供が待ち受けていた。だが、幼い2人の男の子はともかく、長女のデニズはフィクレットに心を開かなかった。夫婦の寝室の壁に大きな額入りのタフシンと前妻の結婚式の写真がかかっている。姑はそれを外すことを許さなかった。
 フィクレットはこの家にも安らぎのないのを感じつつ、前妻の見下ろすベッドで独り寝し、タフシンはサロンのソファを広げて夫婦別々に寝る日々が続いた。姑ジェヴリエは嫁いびりの限りを尽くし、フィクレットは嫁にはきたものの、鬱々として日々を送っていた。
 アリ・ルーザはネイイルに聞いて、家族には内緒である日アダパザールを訪れ、フィクレットが夫の家族から冷遇されているのを見る。「娘よ、お父さんと一緒に帰るか?」父は涙ながらに聞くが、フィクレットはもう少しここに留まると言って残った。
 そこに滑って転び怪我をした母親を病院に連れて行っていたタフシンが戻り、アリ・ルーザを駅まで車で送る。2人にすれば初めての舅と婿の対面である。途中の茶屋で2人は話し合う。アリ・ルーザは婿がまじめな人間であるのを知り、フィクレットをくれぐれも頼むといってイスタンブールに帰っていった。

 ある日、フィクレットは下の男の子にズボンを穿かせるとき、間違ってファスナーに大事なところを引っ掛けて大泣きされ、姑ジェヴリエには罵倒されたが、タフシンは「ちょうどいい、今度の週末にスンネット(割礼)をしよう」と助け舟を出し、急遽上の子も一緒にスンネットのお祝いが行われることになった。タフシンは嫁の実家であるテキン家にも知らせるように言ったが、フィクレットは隣家のネイイルに知らせても、実家に電話することは出来なかった。
 新しい嫁の披露もかねて男の子2人のスンネットの儀式は庭で賑々しく行われたが、ネイイルとセデフ親子が招待されてきたのを、ネイイルの義理の叔母にあたる姑ジェヴリエは面白くなかった。彼女は友人をイスタンブールに偵察に送り、フィクレットの実家の周囲から噂話を聞きだして貰い、「この女の弟は人妻を寝取って結婚し、妹の一人はすぐ上の姉の亭主と駆け落ちしたんだ。親達が悪いからだ」と、タフシンのいる前でフィクレットの親兄弟を侮辱した。

 泣きながら今度こそ帰ろうと鞄に荷物を詰めるフィクレットを背後からタフシンが「行くな、フィクレット」と肩を抱いて引き止めた。 フィクレットは家族の不幸、仲たがい、すべての事情をタフシンに打ち明けた。
「よく打ち明けてくれたね、ありがとう」と、タフシンは改めてフィクレットを愛し始めている自分を感じた。フィクレットもタフシンの心のありかを知る。それでもなお邪魔をする姑のせいで、まだ2人は本当の夫婦になれずにいた。しかし、2人の信頼関係はより深まった。
 ところが、デニズの様子が変である。フィクレットは学校帰りにかなり年長のやくざ風な男と手を繋いで車でどこかに消えたデニズを一度ならず見て、タフシンに告げた。次の日、デニズは放課後男の待つ車に急いだ。ところが、男の手前に父親が立っていた。
 家に連れ帰られたデニズは、フィクレットをにらみつけた。「告げ口したね!」

 レイラはオウスとの離婚をなかなか承知しなかった。離婚すればそれはネジュラに負けたことを意味する。彼女は意地になってピンク色のコートを来る日も来る日も着続けていた。そしてものに取り付かれたようにオウスやネジュラにしつこく電話をかけ続けた。思い余った2人は電話番号を変えてレイラの電話攻撃から逃れたが、フェルフンデにだけは連絡のために新しい番号を教えていた。
 ある日、レイラはフェルフンデが携帯をテーブルに置いたまま席を立った隙に、その電話からネジュラの新しい番号を盗み見て、明日会おうとフェルフンデの電話からメッセージを送る。翌日、定期健診のために病院を訪れたレイラは、待合室から父親に無断でどこかに消えてしまった。そしてネジュラとオウスが約束のカフェに赴くと現れたのはレイラだった。
「絶対離婚に同意しないからね」と宣言するレイラ。彼女は離婚訴訟の弁護士ジャン氏に電話したことから、居場所を突き止められ、心配した父親とジャン氏が迎えに来た。

 その頃、父親の最も信頼する息子シェヴケットの上にも暗雲が張り出していた。彼はまじめな銀行員として顧客からも信頼されていたが、彼の収入だけが一家の支えだということは重い荷となって彼を苦しめていた。いつも目いっぱい給料を前借して光熱費や税金などを払っている。ポケットには20~30YTL(2~3千円)もあればいいほうだった。
 彼はフェルフンデが部屋に隠してあった多額の残高の預金通帳を偶然見つけ、さらにオウスが寄越した手紙と証拠書類によって、自分の妻がオウスを脅迫して毎月一定額の口止め料を振り込ませていたことを知って愕然とする。
フェルフンデは「あんたに甲斐性がないからよ。こんな家族の中で暮らすのはごめんだわ。2人の家を買うために私がお金を貯めなくてはいけなかったのよ」と開き直った。
 潔癖なシェヴケットはそういう妻に我慢が出来なかったが、アリ・ルーザはいわれのない金は返還し二度とやらない、という約束で嫁を許した。

 オウスは横領した金を持ち出しドイツに高飛びする寸前でフェルフンデの復讐で悪事が発覚、ことが成就出来ず文無しとなった。ネジュラは一度は後悔し、家に戻ろうと門の前まで来たが、家の中に自分の戻る場所がないのを悟り、泣き泣きもと来た道を帰る。そして彼女とオウスはドイツに行く希望もなくなり、ホテルから小さなアパートに移った。お金のないことはこの2人の仲をも揺るがせていた。 
 アリ・ルーザはフェルフンデから教わり、こっそりとネジュラの居所を尋ねていく。オウスが出て行くのを追跡すると、彼はある建物の中に消えた。そこは表向きは何かの協会と言っているが、秘密の賭博場だった。オウスは用心棒としてそこに雇われているのだった。被害にあったらしい男が入り口で門番の男達ともみあっている。アリ・ルーザは彼に事情を聞き、2人で警察に通報し、緊急出動の警官隊が踏み込んでオウスらは捕らえられた。

 ネジュラが勤めから戻らないオウスを案じていると不機嫌で戻ってきたオウスは、「お前のおやじのせいでひどい目に遭った」とネジュラに胸のつかえをぶつけた。一方、ヤマン氏に捨てられたジェイダは、臨月の腹を抱えて途方にくれていた。彼女は名家の出だったが、父親は家の名誉を汚したとしてもう娘を受け入れようとはしなかった。母親のみが病院に付き添っていたが、そこにフェルフンデが見舞いのふりをして様子を見に現れた。
 なすすべもないジェイダを見てフェルフンデはほくそ笑みながらオウスに電話する。「ジェイダのお腹の子はあんたの血を引く男の子よ。見に行ってやれば?」
 オウスが行くとジェイダの母親に泣きつかれ、オウス自身も進退極まった。母親はオウスにジェイダを押し付けて帰ってしまい、入院費が払えず退院を迫られたジェイダが、オウスに慟哭した。
「私はもうどこにも行くところがないのよ、オウス、お願い、何とかして・・・」

 それはまだついこの間、ネジュラがオウスにすがり付いて泣いたときと同じ言葉だった。名うてのワルだったオウスも2人の女に挟まれて身動きが取れない。臨月の、それも自分の息子を腹に抱えているジェイダを見捨てることは出来なかった。
 ネジュラが大学から戻ると、見慣れない女物の靴が入り口に脱いであった。サロンに入るとソファに横たわった大きなお腹のジェイダが・・・
「何で私のうちにあんたがいるの! ふざけないでよ、出て行って!」
 頭に血が上り、狂ったように叫ぶネジュラ。オウスは説得に努めるがネジュラは耳を貸さなかった。翌朝、ネジュラは家を出て行ってしまった。彼女の電話は電源が切られ通じなかった。
「お前のせいだ~っ」とジェイダに当り散らすオウス。ジェイダは涙ながらに言った。
「勘弁して。私も出て行くから・・・オウス、私を許して」
オウスは絶望的なジェイダの身を思った。行く当てもないジェイダの今の身の上は自分と関わったためである。 冷酷だったオウスが初めてジェイダに優しい言葉をかけた。
「行くな、ジェイダ。お前のその身体でどこへ行けるんだ、行くな、泣くな・・・」

 その日から職探しに出たオウスは足を棒にしてもどこも雇ってくれなかった。ジェイダの前夫、実業家のヤマン氏がイスタンブール中に手を回していたのである。再び苦境に陥るオウスだった。
 一方、ネジュラは婚約式のとき、親や姉妹から送られた金銀指輪の類をすべて売り、小さなぺンションの一室を借りて、ディスコ・クラブのバーに勤めに出た。家族に助けを求めず一人でやっていく決意だった。
 シェヴケットの銀行の同僚女性ギュルシェンは、株式投資で儲けていて、週末ごとに新車でドライブだ、ディナーショウだと、贅沢な暮らしを自慢にしていた。そんな元手もなく、かつては横目で眺めるだけだったシェヴケットが、3ヵ月定期で預かった客の金についに手を伸ばした。ところが見込み違いでつまづき、ある晩泥酔状態でタクシーの運転手に抱えられて深夜家に戻ってきた。
 再び一家に嵐が吹き始めた。

 レイラはその中でただ独り、弁護士のジャン氏夫人がやっているカウンセリングに通うようになってから快方に向かい始めていた。兄の泥酔事件で一家ががっくりしているとき、2階からみんなの前に降りてきた彼女は、何ヵ月も意地で着続けていたピンク色のコートを脱ぎ捨てた。まるで今までのすべての汚れを振り捨てるように脱ぎ捨てた。
 食事のあと、メデューサのように振り乱していた髪をきっちりまとめ、薄化粧したレイラは昔の美しさと落ち着きを取り戻していた。母のハイリエはシェヴケットの出勤途中にそのコートをビニール袋にくるんで捨てさせた。そしてレイラは父親に伴われ、最後のカウンセリングに向かった。  
 留守中、差出人のない手紙がアリ・ルーザの家に届いた。受け取ったフェルフンデはなんとか宅配便の袋を開けて盗み見ようとしたが、そこへアリ・ルーザがレイラと共に戻ってきた。
 彼が自室で開いてみると、「ババジュウム(お父様)・・・」で始まる手紙の最後にはネジュラの署名があった。独りで生きる決心をしたこと、もう家族は頼らない、しかしアリ・ルーザの娘であることを私はいつか必ず証明して見せる、そして家族を心から愛していると結ばれていた。

 泣き崩れる母のハイリエ。フェルフンデは彼女を伴ってネジュラのいたアパートに訪ねていくが、そこにはジェイダがいて、「ここはオウスの家、二度と来ないで!」と2人を締め出した。
 シェヴケットは次第に深みにはまっていく。アリ・ルーザも息子のただならない様子にはうすうす気がついていた。泥酔事件のあと、薄給の身では買えそうもない品々を「臨時ボーナス」が出たからと、家族にプレゼントしたかと思うと、食事のときも何かを考えていて心ここにあらずだったりする。
 ある日、シェヴケットの顧客の女性が銀行にやってきた。
「変なのよ、インターネットで見たんだけど残高がものすごく減ってるの。調べてくれない?」
 シェヴケットは「あ、いまデータ変更中なのでディスプレイが見られないんですよ。でも、あなたの預金は自動で投資に回り、しばらくすると元本と利息がついて戻ってきます」とその場をやっと言い逃れた。
 斜め前の席からこの様子を見たギュルシェンに、フェルフンデから電話がかかってきた。ギュルシェンは近々フェルフンデに出会って食事をする約束をした。(48回目まで)

 ネジュラのいたアパートの出口で、ハイリエとフェルフンデは一足遅れてやってきたアリ・ルーザとばったり出くわした。
「お前達、こんなところで何をしている」と咎めるアリ・ルーザにハイリエは泣きながら答えた。
「あなたも耐え切れないからつい来たのでしょう。私もそうよ。よく分かるわ、アリ・ルーザ」
 ネジュラの行方についてなすすべもない3人が途中のカフェで休憩していると、家からレイラがフェルフンデに電話をかけてきた。弁護士のジャン氏が交通事故で怪我をし、病院に運び込まれているので、助手の見習い弁護士がレイラの離婚成立の公告を知らせてきたことから分かったのだった。レイラは訪ねてきていたセデフに付き添われて病院に駆けつけた。ちょうどフェルフンデの車も前後して到着し、家族は揃ってジャン氏の見舞いをしたのだった。
 
 ネジュラは大学の帰りを待ち伏せしていたオウスに、きっぱりと絶縁の言葉を投げつけ、二度とオウスを振り向かなかった。彼女はその晩ペンションの大家である中年婦人と知り合う。昼間は大学、夜はディスコのバーで店員として働き始めたネジュラの留守に、家主は部屋に入ってネジュラのボストンバッグをさぐり、1冊のノートの間にはさまれていた家族の写真を見つける。
 その晩、シェヴケットは久々に家族全員で魚料理でも食べに行こうと誘った。ボーナスが出たと言うのである。両親は息子に無駄な出費をさせないよう案じたが、シェヴケットはいいからいいからとみんなをせきたてて海辺のレストランに出かけたのだった。
 家族が喜んでいるのを見て、シェヴケットも幸せな気分になり、久しぶりに床に入るなりフェルフンデを抱きしめた。だが、彼女はそれには応ぜず、冷たく言い放つ。
「どこから出てきたのよ、最近派手に使っているお金。セデフの預金を流用して株でもやってるの?」
 シェヴケットはうんざりして彼女に背を向けてしまった。

 翌朝フェルフンデは、銀行のギュルシェンに電話し、昼には彼女の前に現れた。
「ねえ、昨日シェヴケットが家族を外食に連れて行ったんだけど、ボーナスが出たからと言うのよ。一体、ボーナス、いくらくらい出たの?」と聞くフェルフンデにギュルシェンは怪訝な顔で答えた。
「ボーナスだって? そんなもの出なかったわよ」
 やっぱり、とフェルフンデは納得した。
「株の売買をやっているのね。でもそんな資金はないはず。もしかしてうちの隣のセデフのお金? 許せないわ。ねえ、お願い。シェヴケットが何をしているのか、隙を見て調べてほしいの」
 ギュルシェンは承知した。彼女にとってもシェヴケットの最近の羽振りのよさは疑問だった。彼が会議で席を外したあと、ギュルシェンは彼の席に座ってパソコンを立ち上げた。

 アダパザールでは、相変わらず姑の嫁攻撃が続いていたが、タフシンはある日、
「おふくろ、どうしてもっとフィクレットに優しくしてやれないんだ。フィクレットは結婚式を挙げた私の正式の妻だ。優しくしてやるか、あるいはしてやれないならおふくろが出て行くか、どちらかにしてくれ」ときっぱり言って、フィクレットを認めさせた。
 家事の合間に作りためた刺繍の作品を持って、イスタンブールに納品に出向きたいと言うフィクレットの願いを聞いて、タフシンは久々に夫婦2人でイスタンブールに出かけようと決めた。ジェヴリエは例によって自分も連れて行け、と言い張ったが、タフシンは頑として受け付けなかった。
 彼の心の中には、フィクレットに内緒でとある計画があった。エミニョニュで納品したあと、新しい注文も貰ったと嬉しそうな妻にタフシンは海辺の茶店でチャイを飲もうと提案した。

 何ヵ月ぶりかでやってきたイスタンブール。海を見つめているフィクレットに、「今夜はイスタンブールに泊まろうよ」とタフシンが言うと、フィクレットは「駄目よ、子供達がいるし、あまり遅くならないうちに帰ってやらないと・・・」と答えた。
「電話をかけたいと思わないか? 実家に電話してやりなさい」と夫は携帯を妻に差し出した。躊躇しながらもフィクレットはとうとう電話を手にして家にかけた。出たのはハイリエだった。
 一瞬すくんだフィクレットである。母の声を聞いた途端感情が迫って声が出なかった。
「もしもし、どなた? 変ねえ、何も言わないわ」とハイリエは夫を顧みた。やっと声がした。
「もしもし、お母さん、・・・私です」
「えっ、フィクレット、お前なの、フィクレット? ああ、クズム(娘や)!」
 泣き崩れてしまったハイリエに代わり、アリ・ルーザが出た。
「お父さん」
「うんうん、どうしている、お前元気か? タフシン君は元気か、子供達はどうしてる?」
「大丈夫、何にも心配しないで。すべてうまく行っているから。タフシンがよろしく言ってます」
「ありがとう、私からもよろしく言ってくれ。そうか、それはよかった」
「じゃあ、またね、お父さん」
「また電話してくれよ、お母さんも私もお前の声を聞きたいのだから」
「ええ、また電話するわ、お父さん」
 フィクレットも涙ぐんで電話を置いた。タフシンは胸を打たれた。何としても会わせてやりたい、と彼はハンドルを握りながら車の向きを変えた。

 アリ・ルーザ一家の呼び鈴を鳴らす音がした。ドアの外に立っていたのは、タフシンに付き添われたフィクレットだった。父母と娘は確執を乗り越えしっかと抱き合った。(49回まで)

第50話

 フィクレットはタフシンに連れられ、ぜひもなく実家の前に来たとき、こう思った。
「泣きながらたった一人で出て行ったこの家の玄関に、いまこうして他人と一緒に戻ってきた私。でもこの家には、私こそもう他人なのだわ・・・」
 だが、父も母も涙に暮れながらしっかりと抱きしめてくれた。フィクレットの夫タフシンにも心から歓迎の気持ちを示してくれた。二人は招き入れられ、ぜひとも泊まっていってほしいと懇願され、タフシンはその気になったがフィクレットは「子供達がいるから」と、夕食だけ一緒に食べて、アダパザールに帰ることになった。末の妹アイシェとも抱き合い、シェヴケットも帰ってきて、幸せな夜が過ぎていこうとしていた。

 その頃、アダパザールでは長女のデニズが夜になっても戻らず、祖母のジェヴリエが下の2人の孫に食事をさせながらじりじりとしていた。タフシンが遅くなることを告げようと自宅に電話したとき、デニズが戻っていない、警察にも捜査依頼を出したと聞き、青ざめて急遽帰ることになった。
 その日、父親とフィクレットに送られて学校に来たデニズは、車が見えなくなるときびすを返して学校から抜け出し、男のもとへ急いだ。彼女は家出の決意をし、男が遊び心で付き合っているのも知らず、早く結婚しようと持ちかけた。男はデニズを友人宅にかくまうつもりで連れて行くが「なんだ、まだガキじゃないか。やばいぞ、さっさと放り出せ」と友人に言われ、夜道の途中で車から無理やり降ろしてしまった。
 泣きながらとぼとぼと歩くデニズを捜査中のパトカーが保護し、家に送り届けてくる。ちょうどタフシン達も帰ってきた。逆上したタフシンは気が狂ったようにデニズを責め、反抗されて平手打ちを食わせる。翌朝、警察に出頭したタフシンは、未成年誘拐未遂の罪で逮捕された手錠姿の男にも襲い掛かった。警官達になだめられてやっと納まったが、立件するためにはデニズを婦人科の医者に連れて行き診断書を取る必要があった。タフシンは家に戻り娘を病院に連れて行こうとした。
「ババ(お父さん)、私は何もしてないよ!」と泣きながら主張するデニズ。
無理に連れて行こうとしたタフシンの前にフィクレットが立ちはだかった。
「自分の娘を信じてあげてよ、タフシン。もしも無理に医者に連れて行こうとするなら、デニズはもう親でも許さないわ。いいえ、たとえ彼女が許しても、私が許さないわ! 娘を信じなさい!」
 デニズは親以上に自分を信じてくれたフィクレットの胸にすがり泣き崩れた。

 ネジュラはバイト先のディスコで悪寒に震えていた。このところ無理をしているので風邪を引き、症状が重くなって高い熱も出ていたのである。チーフから許可を貰って下宿のペンションに戻ったが高熱に布団に入ってもがたがたと震えていた。家主が来て彼女に熱いスープを飲ませようとしたが、もうスープを飲む力も残っていなかった。彼女は熱にうなされ、ふと気がつくと、父が枕元で見守り、母が熱いスープを口に運んでくれている。そして姉のレイラが「寒くないようにね」と言いながら、あのピンクのコートを胸の上にかけてくれた。ネジュラは意識の薄れた中で、
「お父さん、お母さん、私を放さないで、放さないでえ」と悲鳴のように叫び続けていた。
 ネジュラは余りの高熱に幻覚を見ていたのだ。そこはやっぱりペンションの一室で、看病しているのは父でも母でもなく、家主の未亡人だった。
銀行では前日シェヴケットが会議に出かけた後、ギュルシェンが彼のコンピュータから顧客のデータを読み、多額の横領が発見された。次の日彼女はフェルフンデだけにそれを知らせた。その夜、フェルフンデは夫を責め立てた。大きな罪が明るみに出ようとしている。
 アリ・ルーザとハイリエの自慢の息子、シェヴケットはどうなってしまうのだろう。

第51話

 朝、ろくに朝食の後片付けを手伝おうともしないフェルフンデに憤慨しつつ、ハイリエはレイラと共に台所にいた。元気になったレイラは、弁護士ジャン氏の家に離婚成立のお礼を兼ねて、カウンセリングに1人で行きたいと言い出した。もちろん両親は二つ返事で承知はできなかったが、駄目だと言えばやっと治りかけたレイラの気持ちがまた傷ついてしまうと心配し、ハイリエは仕方なくフェルフンデに付き添っていってくれるように頼む。 
 
 だが、「私は用事があって出かけるから駄目よ」とフェルフンデはあっさりと断った。レイラは1人で出かけることになり、家を出た。一方フェルフンデはヤマン氏に電話し、オウスの裁判に自分も傍聴人として立ち会うと言って彼の会社に車で出かけていく。その後ヤマン氏の車に同乗したフェルフンデの手に、「君のお陰で不正が暴かれた。感謝するよ」とヤマン氏はその手を重ねた。

 シェヴケットがボルサ(株式投資)の動向に気を揉んでいるところに、ネイイルとセデフがやってきて、セデフの預金のすべてを解約したいと言う。シェヴケットはもしや事が露見したかと青ざめたが、単に必要が生じたとのことでほっと胸をなでおろし解約に応じた。

 その頃アダパザールのタフシンの家では、ショックで学校に行かれないデニズをフィクレットが慰めていた。ベッドで、デニスは脇に座ったフィクレットの腰に手を回しその胸に本当の母親に甘えるようにもたれかかって素直にしている。フィクレットはサロンにいるタフシンに声をかけて、父と娘の和解を促した。デニズの部屋に入ったタフシンは「お前の寂しい気持ちをわかってやらずに済まなかった」と手を差し伸べる。父と娘はしっかりと抱き合い、互いを許しあった。

 弁護士ジャン氏はヤマン氏の裁判にやはり傍聴人として出かけるため、家を出ようとしていたが、夫人は並みの妻のように仕度を手伝うわけでもなく会話もほとんどない。
「たまには君とゆっくり話がしたいのに君はいつも多忙だ。私もクライアントとして予約を入れておいてくれないか」と、寂しい夫は皮肉に言った。
「いつでもどこでも、私は妻とではなくて、ドクトルと話しているようだ。なんとかならないのか」
 そう言ったところで妻が態度を変えることはないのを、ジャン氏はよく分かっている。夫妻の間には氷河が横たわっているようだった。ジャン氏が砂を噛むような思いで家を出ようとしたとき、チャイムが鳴って、訪ねてきたのは大好きなジャン氏夫妻に会えるとあって、生き生きと輝くばかりに美しくなったレイラだった。ジャン氏の顔にも一瞬、夫人がかつて見たこともなかった喜びの色が走ったのを夫人は見逃さなかった。

 裁判所。オウスは自分の弁護士と共に出頭し、ヤマン氏に示談を求めたが、会社の金を横領し、妻を寝取ったオウスに、もうヤマン氏は眉一つ動かさず、実刑を要求すると言った。オウスはヤマン氏の傍らに、意地悪く片頬に笑みを浮かべるフェルフンデを見た。
 裁判は原告側の要請通り、懲役○年と実刑判決が出た。手錠で連行されるオウス。このスキャンダル事件の裁判にはヤマン氏が有名な実業家だけに報道陣もたくさん詰め掛けていた。帰途ヤマン氏は望み通りの結審となったお祝いに、一席設けることにして、フェルフンデも招待された。

 同じ頃、アリ・ルーザはきちんと背広を着て、息子の勤める銀行に訪ねていく。ちょうど近くに用事があったから、とアリ・ルーザはいぶかる息子に言った。
「シェヴケット、息子や、このところお前にはたいそうお金を使わせてしまっている。何事もなければいいが、と少し心配なのだ」
「お父さん、言ったでしょう。臨時ボーナスが出たし、僕は大幅に昇給したんです。これは近々ミュドュル(役付き)になるからです」
「それならいいが。いや、気にしないでくれ。私はお前に過大な負担をさせているのが辛いのだ」

 家では夕食の仕度に余念のないハイリエ。カウンセリングから帰宅したレイラも手伝っている。
「まったくどこをほっつき歩いているのかしら、あの女は。朝出かけたままそれっきり。もしかすると亭主よりあとに帰ってくるつもりよ」とハイリエは不満たらたらである。そこにピンポンとチャイムが鳴った。
「来たわ」とレイラが玄関を開けるために立った。ハイリエも文句の一つも言おうと後を追った。
「あ~ら、皆さん! わざわざ私のためにお出迎え?」と上機嫌のフェルフンデ。
「まあ! 酔っ払ってるの? どこでお酒なんか飲んだのよ、これっ」ハイリエはかんかんである。
「友達の誕生パーティがあったのよ、ちょっと飲んだからって何よ!」
にわかにやかましくなったサロンと書斎の仕切りのドアをアリ・ルーザは苦い表情で閉めた。
「ねえ、レイラ、オウスがついに刑務所入りよ」とフェルフンデ。
「え~っ、ほんと? いいわ、いい気味よ」レイラは喜んだ。
「あんた、それをどこで知ったの」とハイリエが聞くとフェルフンデはうっかり口を滑らしたことにあわて、「友達が電話で知らせてくれたのよ」とごまかした。

 帰宅途中のシェヴケットが船着場から自宅に向かおうとして、セデフとばったり出会った。
「今日、どうして急に全部解約したの」いぶかるシェヴケットにセデフは答えた。
「近々母の誕生日のために私がどうしても必要だったからよ。それに私は、あなたと少し距離を置かないといけないわ」
「僕から遠ざかる、って言うんだね・・・わかったよ」
 肩を落としてしょんぼりと坂道を登ってゆくシェヴケットを、セデフは、以前のように彼ともう並んで歩こうとはせず切ない思いで見送った。
 
 オウスのアパートでは刑務所入りの決まったオウスのために彼の弁護士が衣服を取りに来ていた。ただ1人頼りにしていたオウスがもう帰れないので、途方にくれたジェイダは泣いていた。弁護士は気の毒そうに「困ったことがあったら遠慮せず私に電話をなさい」と言いながら、着替えの入ったボストンバッグを受け取って出て行った。
 その夜、刑務所ではかつての栄光も自尊心も粉々に砕かれたオウスが、受刑者仲間に混じって大部屋にいたが、彼の尊大な態度が部屋の古顔のボス(牢名主)の気に障り、早速目をつけられた。オウスも今後ことごとく厳しい目に遭いそうな気配である。

 ネジュラは二晩苦しんでやっと起き上がれるようになった。粗末な夕食ではあるが、大家の未亡人が支度してくれた。未亡人はなにかいかがわしい商売の斡旋でもやっているのか、仕切りとネジュラに言うのだった。
「あんたくらい器量よしなら、もっともっと楽に稼げる手はいくらでもあるのよ。そんなディスコバーだなんて、安給料で夜中まで働くのはおやめ」

 シェヴケットが帰宅し、一家は食事を始めるが、フェルフンデはことあるごとにシェヴケットに針を刺し、夕餉の食卓で口論になった。それを聞いただけでもアリ・ルーザ夫婦の胸は痛んで不快感が募るのだった。食後、ソファーにくつろいで、末娘に話しかけるアリ・ルーザの言葉が、シェヴケットにはまるで自分に向けられた言葉のように厳しく聞こえた。
「いいか、アイシェ。話をするときは相手の目を見るんだよ。人間、嘘をついてはいけない。嘘をついた人間はまともに相手の顔を見る勇気が出ない。嘘をごまかすためにまた嘘をつき、どんどん悪いほうへ転げ落ちていくんだよ」
 シェヴケットはたまりかねて逃れるように席を立った。彼はフェルフンデを自分達の部屋に呼んで言った。

「この家を出よう。潮時が来た」
「何よ、今頃。私は最初から2人で暮らそうって言っていたでしょ」
「あの頃は事情が許さなかった」
「今はよくなったってわけ? じゃ、引っ越したら車も新しいのに買い換えましょうよ」
「そこまでは出来ないよ」
「いいじゃない。ヤマン氏に援助をお願いすればいいわ」
「馬鹿を言え。どうしてヤマン氏が出てくるんだ、何かあるのか」

 アダパザールでも家族全員が円卓を囲んでいた。
「なんでこんなしょっぱいサラダを作るのさ、ぺっ。私の血圧を上げて早死にさせようって魂胆に決まってる。まったくもう。そういう女に言いくるめられてるんだから、うちの倅もどうかしてる。トゥーベ・トゥーベ(トルコのじじばばが、思い通りに行かないときや、後悔の意味でつぶやく独り言)」
「ババアンネ(父方のおばあちゃん)、サラダは私が作ったんだよ。ごめんね、しょっぱかった?」
 デニズが笑いながら謝った。そして彼女は真顔になり、父親とフィクレットをまっすぐ見つめてこう言った。

「私は今日、ここで言いたいことがあるの。ババ(お父さん)、今までわざと悪いこと言ったりやったりしてごめんなさい。2人を悲しませてきたわ。でも、今は違うわ。私はもう、決してあなた方2人を悲しませないからね!」
 フィクレットとタフシンは顔を見合わせ、互いにうなずきあった。本当の家族の生活が始まろうとしているのだ。姑も渋い顔ながら最愛の孫娘の宣言にくちばしを入れることは出来なかった。食後、タフシンはフィクレットにしみじみと礼をいい、2人の心は強い絆で結ばれようとしていた。
 その一方、弁護士ジャン氏の家では夫が帰宅しても夫人はにこりともせずチャイを入れることもない。ついに激しい口論が始まった。ここにも崩壊寸前の家庭があったのだ。

 アリ・ルーザ一家では、ついにシェヴケットに家を出ることを決意させたフェルフンデがアリ・ルーザのパソコンを使わせてほしいと言い出した。
「ああ、いいよ、使いなさい」と許可するアリ・ルーザにフェルフンデは聞かれもしないのに言った。
「貸家の広告を見たいのよ。私達夫婦はもうこのうちから出て行くつもりなの」
「なにっ、家を出て行くってか。フェルフンデさん、この話、シェヴケットも承知しているのか?」
「もちろんよ、何一つ自由のないこんな暮らしには見切りをつけたの」
 これを聞いたハイリエも仰天した。部屋から出てきたシェヴケットに真偽を確かめると「そのつもりです」という。アリ・ルーザの心中は煮えくり返るようだった。にわかに血圧が上がり動悸が激しくなったハイリエは、レイラに2階の夫婦の部屋から薬を取ってくるよう頼んだ。
 2階の両親の部屋の引き出しを開けたレイラは、そこでネジュラから父アリ・ルーザ宛に届いた手紙を発見し、読んで大ショックを受ける。両親はネジュラを許している。こういう手紙が来たことを自分には秘密にしていた。一向に薬を持って降りてこないレイラを心配したアリ・ルーザとハイリエが上がってきた。レイラはネジュラもまた不幸に陥ったのを知り、泣いてしまった。

次の朝。
 ネジュラは、大学に向かうミニバスの中で、隣の席の男性が読んでいた新聞にオウスの件が載っているのを見て読ませてもらい、彼が収監されたのを知ったのだった。
 アリ・ルーザの家でもみんなが朝食のテーブルを囲んでいるところへ、フェルフンデが得意顔で朝刊を持ってきた。オウスの刑務所入りの記事が写真入で載っていたが、見ていたレイラが思わず声を上げた。オウスが連行されるとき、遠巻きに見ている人々の間にヤマン氏と並んでまぎれもなくフェルフンデが写っていたのだった。

 嘘をついていたフェルフンデにシェヴケットが激怒し、猛烈な夫婦喧嘩が始まった。これにはさすがのアリ・ルーザも怒りをあらわにして、「フェルフンデ、君はことごとく厄介ごとを持ち込んでは家族を粉々に打ち砕いているんだ。いい加減にしてくれ!」と声も荒々しく叱り、乱暴に椅子を押して席を立ってしまった。
「ほんとにそうよ、あんたが来るまでこの家では争いなんかなかったのよ」とハイリエ。
「ふん、どうせ私達はもうこのうちから出て行くのよ」とフェルフンデが言うと、シェヴケットが
「出るのはヤメだ。ああ、この家から一歩も動かないぞ」と、怒りをぶつけるように言うのだった。

 うんざりして早々に鞄を持ち、家を出ようとするシェヴケットにフェルフンデは追いすがり、2人は門の内側で猛烈に言い争った。
「あんた達付き合っているんでしょう。以前、セデフと2人で道端に並んで話していたのを見たわ」
「馬鹿を言え。セデフとは何でもない」
「嘘、私を裏切っているのよ、きっとそうよ。セデフが好きなんでしょう、白状しなさいよ!」
「そんなに言うなら言ってやるよ。好きだよ、ああ、セデフが好きだよ。これでいいのか!」
 売り言葉に買い言葉だったが、性格のきついフェルフンデはシェヴケットが吐き捨てるように言ったその一言に打ちのめされて部屋に駆け込み、泣くだけ泣いた。
 銀行ではギュルシェンがシェヴケットの席に来て、「ねえ、紙相場の暴落、ひどいわね。私だって大損よ」と言う。<使い込んだ分をどうやって取り戻そう・・・>、シェヴケットは暗澹となった。八方ふさがりの状況に、胸をかきむしられるような思いであった。
 やがて、フェルフンデはギュルシェンに電話し、セデフが銀行に来たかどうかを聞いた。昨日、確かに来たという。それだけ聞けば十分だった。フェルフンデは銀行に電話を入れた。
「もしもし、支店長さんに繋いでいただきたいのですが・・・あ、もしもし、支店長さんですか。預金者の○○です。預金の使い込みについてお話したいのですが、不正が行われているのは確実です・・・」


 第52話以降は、その2でお読みください。




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